好き嫌い、食わず嫌いをなくす教育

いままで深く考えたことなかったのですが、今の彼氏と一緒に住んでから食べ物好き嫌いについて頭を抱えるようになりました。

彼はびっくりするくらい嫌いなものが多いのです。

毎日ご飯をつくっては「これなに?大丈夫?」とか「え…これか…」など毎度毎度がっかりしています。

料理はいろいろなものを作れるほうなので、不満しか言われない毎日に将来の不安を感じています(笑)

聞けば、彼は小さいころから嫌いなものをがんばって食べるようにするといった教育を受けていなかったようで

嫌いなものは嫌いのまま、食わず嫌いもそのまま大人になってしまったようです。

私が小さいころ、半強制的に嫌いなものを食べさせられのがすごく嫌だったのを覚えていますが、まさかこんなにもその教育が大事だったとは驚きました。

魚はサバと鮭と秋刀魚しか食べられず、野菜はほうれん草以外食べたくないなどなど

好き嫌いが多いのはかっこ悪いと教えられてきた私は、何を言っても食べない彼に引いてしまいす(汗)

将来子供ができたときは、好き嫌いや食わず嫌いを克服する教育をがんばってしていかないとと強く思いました。

たかがちょっと。されどちょっと。

この頃になって、生活の中の「ちょっと」を大切にしている。例えば、今リビングでパソコンを使っているとき、以前ならご飯の支度をしながらどうせまたキッチンにすぐ行くからと、キッチンの電気をつけっぱなしにすることが多かった。本当はこまめに節電と省エネのためにも消した方がいいんだけど、ま、いっかという具合に軽んじていた。それが、最近になって「いや、やっぱり誰もいない部屋にこうこうと電気がついてるのはもったいないわな」「キッチンまでたかだかすぐそこの距離じゃないか。消しに行こう」と、その「ちょっと」の間でもこまめな消灯を心がけるようになってきたのだ。

まだこの「ちょっとの試み」を始めるようになってから間もないので、この試みがどれだけ節電につながり、電気代節約にどれほど反映されるのかははっきり分からない。そうでなくともこれからの時期はエアコン代もかかってくる。それでも、やらないよりずっとましだと思って、わずか数分でもつけっぱなしにしていることを嫌うようになっては、消灯するようになった。

洗濯物も、休みの日でこの時期にしては運よく貴重なお天気で外干し日和のときは、太陽の光に晒して外に干した後、完全に陽が落ちてしまう時間になるまでにはやっぱりその「ちょっとの時間」を意識して早めに気づき次第、室内に取り込むようになった。この時期だし、夏場ならともかく、もううっかり夜まで外に出しっぱなしにしていたりするとせっかく日中に日光に晒していた洗濯物であれ、冷たくなってしまう。

室内に取り込むときに、何かの買い物のときについてきた大きめでそれなりに作りもしっかりした布製っぽいショッピングバッグのようなものの存在に気づいてはクローゼットから引っ張り出し、洗濯カゴの代わりにそのバックリした口も大きくて入れやすい布バッグにガーッと洗濯物を入れて取り込むと室内にハンガーやジャラジャラフックごと入れるより場所も取らないし、何かと便利ということにも気づいた今日笑。何かの役に立つかなと思ってとりあえず取っておいたショッピングバッグも捨てたもんじゃないなと実感した。

これからも、「ちょっと」の意識を尊重し続けることができる私でありたいと思った今日だった。

花見をしてもいいが、きをつけてほしいな感じたこと。

ざっとネットで、調べたかぎりでは、マナーの悪さなどが目立っているなと感じた。酒に酔いすぎて分別がつかなくなってきているのが原因ではないだろうか。また、桜の下で、バーベキューをしている映像をテレビで見たりしている。綺麗な桜がいつまでも見たいというのなら、そういう悪いマナーなどをやめてほしいと思う。

ひとそれぞれの楽しみかたがあると思うが、少なくとも守ってほしいルールぐらいは守るべきだと私は思う。

また、外国人に入ってきて、桜を楽しむのは、良いのだが桜を折ったりといったことが行われていることが残念な気がする。せっかく綺麗な花が咲いても、その下で楽しむ人間がマナーやルールを守るべきだと私は思う。

そうでないと、桜もいつの日か咲かなくなる日だってあるかもしれません。そうならないようにするためにルールやマナーを守った楽しみ方をしっかり浸透させる必要があるのではないでしょうか。

そのことを一度考える必要はあると思います。桜は痛くても、中が腐っていたとしても何も言えません。だからこそ我々人間のほうが気をつけるべきではないでしょうか。

日本の桜が本当に誇りだというのなら、「桜と人との関わり方」をもう一度振り返ることはとても大事なことだと思いませんか。