真の暗殺拳は死を覚悟する

「真の暗殺拳は死を覚悟する」と世紀末的暗殺拳の伝承者は語った。そしてまさか自分がその立場になるとは思わなかった。

それは夏の日に自室でインターネットを巡回していた時のことだった。

まだ午前中だったこともあり暑苦しいと言うことも無かった。

なのでエアコンはつけずに窓を開放し、代わりにサーキュレーターだけで部屋の空気を攪拌させていた。

ふと気づくと背後でなにやらバリッバリバリと異音がしていた。

送風機にカーテンかなにかを巻き込んだのかと振り返るとそこにはヤツがいた。スズメバチである。しかも大きい。

開け放れた窓から侵入しきたのだろう。網戸にしていなかったことを後悔するがもやは後の祭り。一瞬で恐怖に駆られる。

早くその窓から出て行ってくれと心で叫ぶが、あろうことかヤツはゆっくりこちら側に飛来してきた。

ヘタに動くと逆効果と思い、いやおそらく恐怖もあったのだろう、体は動かなかった。

ヤツはついには顔面30センチまで近づきその場でホバリングを続けていた。

これほど間近でスズメバチを見たことはない。飛翔する音は低く、羽の風圧が腕に感じられた。

しかし不思議なことに、この頃になると恐怖感は感じなくなっていた。

むしろ、自分でも意外なほど「ああ、もう刺されても仕方ないな」と諦めとは違う覚悟のような気に陥っていた。

と、死刑囚にも似た境地でそのときを待ったが、ヤツは何の興味も示さないまま方向を変え、再び窓の方へ飛翔すると静かに出て行った。

直後、速攻で窓を閉め、エアコンのスイッチを入れたことは言うまでも無い。